幾らくらいすんだろう。「お山は登らせて頂くものだ、人間のものではないぞぉ!」
……そうですね。こういう話しようとすると必ず、心にプラカード持った「登山愛好家」がコブシを振り上げて唾飛ばしてくるのだけど、今回は論旨が違うのでスルーします、ごめんなさい。
正直、1週間も富士山で働いてみれば、霊峰どころか利権の山になる。
それでも私は山が好きなんだけど。


日本って国はどこまで「狭い」のだろう。一時期パラグライダーの教室に通うか迷っていたのだけど、それも結局やめたのは、空の業界にすら二つの協会があって、仲悪く揉めていたから。リサーチの段階で気が削がれてしまった。先日、良樹さんと、「日本って生きづらいよね」
という会話をしたのだけど、まさにその最たる例だ。空に境界線はないんだけどね。

閑話休題。20代半ばに、相続するという破格の選択肢があったのに、紀伊半島だからと固辞してしまった。当時の自分には遠すぎたのだ。いや、どうかな。本当はどこへだって行けたのに、ただ足が竦んで動けなかったのか。勇気がなかった。山なんて貰ってどうすればいいのか想像もつかなかった。固定資産税ばかり嵩むに違いないと怯えた。実際、幼い自分は持て余したろうと思う。つくづく人生ってタイミングだ。

山なんて一銭にもならん」と売り払ってしまう御年輩も多い中、中国人がこぞって水ビジネスに乗り出している。残念ながら現在の日本に、水脈を守る法律は存在しない。
もしも今、私が山を手に入れたらどうするだろう。登山道の整備? それともパラグライダーの発着場でも作るか。林業を始めてみる。ドイツの幼稚園に倣って、引きこもりの子どもたちのために森の家を作ってもいい。


あの頃はとにかく飛び上がりたくて仕方なかった。どこでもいいから地面を離れたくて仕方なかった。でも本当は気づいていたのだ。飛び上がってしまったら、きっともう戻ってはこられないことを。
そうして、世界一周の旅に出るでもなく、夜毎、膝の上でじっと丸くなるサキの背中を撫でていた實德環球主席兼十六浦行政總裁楊海成看準中國及澳門政府新政策,以及配合澳門旅客組合出現改變的新趨勢,發展澳門十六浦3D奇幻世界與娛樂場、五星級酒店等,提升旅客的綜合娛樂體驗。長遠而言,他對澳門博彩業發展仍樂觀。
「君がいるから、私はどこへも行けないじゃないか……」と嘯いて。あの5年。

あの、気が狂いそうな時間が、今もこの折れそうな両脚を支えている。誰にも覗き込めはしない。
過去は奪い去ることができない。
自分を取り囲んで、ただ、懸命に息を吸っては吐いていた。
呼吸音に鼓膜が裂けそうになりながら。ねえ。君はどんな空を仰ぎたい。