2017年07月


俺が問うと、たまもはじっとりとした視線をこちらへ向け、テストで難問に遭遇した学生のような顔をする。
「それはそれで腑に落ちぬのよ。さっき言った通りその呪い、構造的にはかなり複雑で高度な部類の代物じゃ。そんなものを扱う輩がそんな馬鹿では余計辻褄が合わんと思わぬか?」
「なら、一つ目妖怪(アイツ)はやっぱり凄い妖怪で、俺の霊据えてこの呪いを選んだって事なんじゃ……」
 そんな消去法で結論じみた俺の意見もたまもは「それは無いと」断じるように否定する。
「お主の霊力値の高さを容易に見抜ける程の者ならば、先ずこの手の呪いは使わぬからじゃ」
 ありゃと思い、俺は小首を傾げた。
「意味が解りませんよ。霊力高い奴程ダメージデカくなる呪いでしょ。俺なら真っ先に選択(セレクト)しますよ」
「阿呆じゃなお主は……」
 たまもは呆れるようにそう漏らすと、
「よいか、霊力が高ければ高い程、その道(・・・)に精通していると考えるのが普通じゃろうが。であるならば、当然こんな相手の霊力次第なんて欠陥品では容易に打開されてしまうと考えるのが妥当なのじゃ」
 たまもの説明に少々納得のいかない俺。阿呆呼ばわりされて少しムッとしたのもあり、少し意地悪く言い返す。
「たまもさんにも解除不可能な呪いなんですよね? 容易に打開っておかしくありません?」
「やはりお主は阿呆じゃな!」
 たまもはギロリと俺を睨みながら、僅かに声を震わせそう言った。
 俺は自らふっかけておきながら、思わず身を反らして後悔する。
「妾が無理じゃと申したのは、第三者として、という意味じゃ! 仮に今回呪いを受けたのが妾自身であったのなら、その場で即刻打破しておるわ!!」
「……えっと、それはどうやって?」
 怒りに火が付いたたまものプレッシャーに圧倒されながら恐る恐る訊ねる俺に、彼女は立ち上がってテーブル越しに詰め寄り言う。


「思わないね。参院選で敗れた大泉内閣のほうが死に体でしょう。大将がダメでもまだ川村さんがいる。川村さんが頑張る限り、私はお傍でお手伝いしたい!」
「川村さん川村さんって、山中さんはどうしたのよ?」
 意地悪そうな目つきをした渚は、笑いを浮かべながら美奈子を眺めていた。
 美奈子は渚から目をそらし、呟いた。
「あの人はただのクライアントさん。お仕事の関係で仲良くしていただけ」
「ふう~ん、お仕事ね。美奈子って、お仕事でSEXするの?」
 渚は目を細めながら横目で美奈子をちらっと見つめていた謝偉業醫生
 耳の縁を燃える夕日のように腫らしながら、美奈子は怒り出した。
「何よ、変なことを言わないで!」
「あっ、やっちゃたんだ。カマかけただけなのに。美奈子ってすぐむきになるから、分かるのよね。いいなあ、一流会社の格好いい人に、あたしも一度でいいから抱かれてみたい。美奈子は幸せ者だね」
 からかうような声で、渚は大きな体を揺らしながら天井を見上げ、バラの花をいくつも浮かべるように微笑んでいた。
 美奈子は困惑した表情を作り、渚の口を右手で塞ごうとした。
「ちょっと、勝手に想像しないでよ。大体、渚は山中さんに会ったことないでしょう。格好なんかは良くないよ。あの人はただの失業者。それに、自宅に電話をしても全然通じないからね」
「ほらね、ついに尻尾を出した。何で自宅の電話番号を知っているの。お天頭様は誤魔化せても、あたいの背中の桜吹雪は、全てお見通しだ謝偉業醫生!」
 上機嫌で大きく茶化しながら、渚は背を向けて上着を落とすマネをした。
 美奈子は思わず噴出し、渚の背中を軽く叩いた。
「人生はたまには色々と寄り道があるの。会社も色々だし。デザイナーも色々だよね。やっぱり渚は日本一のお笑い系デザイナーだよ。サンライトアーツ受けてみれば、きっと採用してくれる。だって、面白いから」
「本当! じゃあ、あたし受けてみようかな。あれ、何の話をしていたっけ?」
 振り向いた渚は瞳を輝かせながら喜んでいた。
 美奈子は澄まし顔で渚を見つめた。
「転職の話でしょう」
「そうよね。あたし頑張るわ」
 頬を伸ばしながら、渚は右手を握り締めた。
 美奈子はほっとしながらパソコンをいじり始めた。渚の野生的な感にはどきっとさせられた。危なかったと思った。山中とのことは、初夏の頃の良い思い出に過ぎなかった。あまりほじくり返されても心が痛むだけだった。
 ただ、最後をはっきりとさせる前に自然消滅したことが、美奈子は心残りだった。大型倒産の渦の中では身動きが取れず、どうしようもなかった。
でも、倒産を知った後、やはり気になって何回か電話をした。けれども、「この電話は現在使われておりません」だった。ちょっぴり心配になった。多分、小樽の実家にでも戻ったのだろうと美奈子は思うことにした。その方が気楽だった。だから、るのは堪らなく辛かった。
 ふと、美奈子は直樹のことを思い出した。「現在使われておりません」の後は、直樹の死を知った劉芷欣醫生。山中も同じパターンだ。それはヤバッと、美奈子は眉を山にした。
 顔を顰めながら深く考え込んだ美奈子は、暗闇の中に一筋の月光が差し込んだようにはっとし、二人の共通点に気づいた。二人ともルビーの光りを浴びせている。そして、ルビーを買った占い師の「こちらから断ると、その彼氏には途轍もない災いが訪れる」という言葉を思い出した。
 そうすると、山中はやはり死んだのか。そう思った美奈子は、背筋から氷が滑り落ちるようにぞっとした。でも、大型倒産は一個人の死以上のインパクトだ。会社が死んだのだから、身代わりになったのかもしれない。そうあって欲しい。きっとそうだ。そう思うしか、美奈子には選択肢がなかった。

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