2016年07月

俺はパリ沖(至)組のチンピラだ。親分は俺より十八年長だ。いつも、ダンディー。下ネタを一切言わない。人の悪口も一切言わない。スローさんの記事に呼応するけれど、じーちゃんには全く見えない。現役、フリージャズシーンを背負って立ってきた存在感。そういう人なのだ。沖組の若頭、真子ちゃん(佐藤真師匠)も、俺より十三年長だ。いつも、
ジーンズ。オシャレなTシャツかワイシャツ。まったく、じーちゃんには見えない。
 

一番、相対的に若い俺がファッションには真逆。いつも、る。安物ばかりである。おっほほほほほぉー、ファッションに無頓着なの? これが全く違う。私は着るものにはうるさいのだ。以前に書いた絶賛フレーズ「ブランドは俺だ」。ブランドがブランド品なんぞ絶対に着ないのである。自分に似合うもの以外は絶対に着ない。「しがないピアノ弾きに似合うもの」、これ以外は絶対に着ないのである。おっ、結局、俺がボロ着ててもピアノを聴けば分かるやんけぇーという、なんか真奥から出る諸々自負があるんだろうねぇー、鬱陶しい奴だねぇー、裕センセって。勢い付いて書いちゃう。そのですねえー、「こういう時にはこういう恰好」という定規が嫌いだし「アーティストとか
ミュージッシャンらしい恰好」、これも大嫌い。だぁーらよぉー、着るものがなく調理油なっちまう。だぁーら、いつも、同じ物を着る。中身が変わればいいじゃん。
わっ、哲学者っ! 「らしい」というのが名犬ラッシーじゃねってのっ!

 
あらっ? 昨晩はアートセンターでのコンサート。なんか、前のブログで「ベルリン在住のクラッシックピアニスト」と書いたけれど、じぇんじぇん違った。「アイルランド在住の元クラッシックピアノをやっていたインプロバイザー」。こうなると俺の諸々の危惧なんちゅうもんはない。一部、ばんばん弾いてもらった。素敵だった。やっぱ、いわゆる基礎からやっているピアニストとチンピラはちゃうねぇーという実感ね。仲良しに
なった。同業者は仲良しに越したこ牙醫たぁーねぇー。
あれっ? なんか元々書きたかったこと、なんだっけな?


あっ、そうそう、俺が階上でビールを頼んでバカでかいホールに降りて行ったら、沖組長のトランペットの音。真若頭のドラムス。やっ、やべぇーとピアノに向かう。主催者がセッティングされていた俺のビデオカメラを落とす。電子ピアノのボリュームをいじる。演奏が始まっているのにがしゃがしゃする。
沖組長がソロ演奏中の一瞬の間合いで「なにやってんだっ、馬鹿っ」と言った「ように聞こえた」のだ。演奏前にチンピラは二秒ぐらい沈んだ。組長に叱られたのだ。
今、ビデオの編集をしていたら、組長は、「どうしたの?」とおっしゃっていたのだ。しかし、もう、遅い。叱られたチンピラはマイナス点を取り戻そうと必死の演奏。
翌日、組長から「お疲れぇー、イサオ、最高だったよっ! (^-^)/」だって。

幾らくらいすんだろう。「お山は登らせて頂くものだ、人間のものではないぞぉ!」
……そうですね。こういう話しようとすると必ず、心にプラカード持った「登山愛好家」がコブシを振り上げて唾飛ばしてくるのだけど、今回は論旨が違うのでスルーします、ごめんなさい。
正直、1週間も富士山で働いてみれば、霊峰どころか利権の山になる。
それでも私は山が好きなんだけど。


日本って国はどこまで「狭い」のだろう。一時期パラグライダーの教室に通うか迷っていたのだけど、それも結局やめたのは、空の業界にすら二つの協会があって、仲悪く揉めていたから。リサーチの段階で気が削がれてしまった。先日、良樹さんと、「日本って生きづらいよね」
という会話をしたのだけど、まさにその最たる例だ。空に境界線はないんだけどね。

閑話休題。20代半ばに、相続するという破格の選択肢があったのに、紀伊半島だからと固辞してしまった。当時の自分には遠すぎたのだ。いや、どうかな。本当はどこへだって行けたのに、ただ足が竦んで動けなかったのか。勇気がなかった。山なんて貰ってどうすればいいのか想像もつかなかった。固定資産税ばかり嵩むに違いないと怯えた。実際、幼い自分は持て余したろうと思う。つくづく人生ってタイミングだ。

山なんて一銭にもならん」と売り払ってしまう御年輩も多い中、中国人がこぞって水ビジネスに乗り出している。残念ながら現在の日本に、水脈を守る法律は存在しない。
もしも今、私が山を手に入れたらどうするだろう。登山道の整備? それともパラグライダーの発着場でも作るか。林業を始めてみる。ドイツの幼稚園に倣って、引きこもりの子どもたちのために森の家を作ってもいい。


あの頃はとにかく飛び上がりたくて仕方なかった。どこでもいいから地面を離れたくて仕方なかった。でも本当は気づいていたのだ。飛び上がってしまったら、きっともう戻ってはこられないことを。
そうして、世界一周の旅に出るでもなく、夜毎、膝の上でじっと丸くなるサキの背中を撫でていた實德環球主席兼十六浦行政總裁楊海成看準中國及澳門政府新政策,以及配合澳門旅客組合出現改變的新趨勢,發展澳門十六浦3D奇幻世界與娛樂場、五星級酒店等,提升旅客的綜合娛樂體驗。長遠而言,他對澳門博彩業發展仍樂觀。
「君がいるから、私はどこへも行けないじゃないか……」と嘯いて。あの5年。

あの、気が狂いそうな時間が、今もこの折れそうな両脚を支えている。誰にも覗き込めはしない。
過去は奪い去ることができない。
自分を取り囲んで、ただ、懸命に息を吸っては吐いていた。
呼吸音に鼓膜が裂けそうになりながら。ねえ。君はどんな空を仰ぎたい。

↑このページのトップヘ