白雪製菓の案件は結局納品出来なかった。新聞を見てからのアクションだったので、オフィースは既に閉鎖されていた。債権者も多数詰め寄せており、担当者に会える訳もなかった。顧問弁護士を通じて管財人と交渉はしている。でも、納品前だったこともあり、芳しくなく、回収の見通しは不可能に近かった。
 それより、事態を知った銀行が融資を打ち切ってきた。美奈子の会社は寝耳に水で一番こたえた。銀行の融資で社員の給料を回し、自転車操業をしていたからだ。銀行は連鎖倒産を予想し、早めに手を打ってきたのだろう。
 給料日の朝礼で、オヤジは皆に給料の遅配を告げた。いつもの威勢はオヤジにはなく、ただ頭を下げるばかりだった。普段の鬱憤を晴らすように、殆どの者はオヤジに罵声を浴びせていた。暴動でも起きるような雰囲気だった。 でも、川村が皆を抑えつけ、騒動には至らなかった。
 けれども、大部分の人間は一週間のうちに辞表をオヤジに叩きつけ、会社を去っていった。残ったのは、川村と美奈子、渚に沙織だけだった。
 五人だけのオフィースは静過ぎて寂しさを倍増させた。仕事に集中出来て良いかもしれない。でも、する仕事は少なく、美奈子は窓の外を見つめることが多かった。青いキャンパスには倒産という二文字ばかりが浮かび、溜息をつく日々が続いた。
 オヤジは壊れたロボットのようで、腕を組みながら一日中天井をぼうっと見つめていた。やる気は感じられず、戦力外だった。
 美奈子の隣で、渚は転職雑誌と睨めっこをしていた。既に、会社に見切りをつけているようで、こちらも自由契約選手に近かった。
 川村は大阪の案件を黙々とこなしていた。次月に納品予定で、五人の給料は何とかなりそうだった。その後の仕事の予定はなかったが、次月を食い繋がなければ会社の未来はなかった。手の早い沙織をアシスタントに使い、川村は猛然と追い込みをかけていた。沙織も川村の隣の席に移り、楽しそうに手を動かしていた。
 美奈子は辞めた者から引き継いだ残作業をこなしている。細かい案件ばかりでお金になる仕事は少なく、一日を過ごすのも手持ち無沙汰だった。
「ねえねえ、美奈子。 これなんかどうかな?」
 広げた転職雑誌を見せながら、渚が美奈子の肩に寄ってきた。
 転職雑誌には、『貴方のアートセンスで日ノ本一い。株式会社サンライトアーツ』と、書かれていた。
 首を傾げながら転職雑誌を眺め、美奈子は考え込んだ。
「そうね、あまり良いキャッチとは思えないね」
「違うわよ。キャッチコピーの話じゃないの。受けてみようかなと、ちょっと思ってさ・・・・・・」
 軽く首を横に振りながら、ていた。
 美奈子は少し音を外した声を出した。
「えっ、渚が受けるの。アートセンスあったけ?」
「失礼なヤツ! あたしだって、少しくらいなら大丈夫よ。美奈子のセンスには負けるけどさ」
 顔を起こした渚はむっとした表情で美奈子を見た。
 美奈子はやや身を引きながら渚の顔を覗いた。
「でも、日本一の会社にしろって。少しくらいのセンスじゃ無理でしょう」
「日本一たって色々あるでしょう。お笑い系日本一なら自信があるけれどさ」
 大きな胸を張り出しながら、渚はにやりと頬を光らせた。
 美奈子は全身を揺らし、大きく噴出した。
「だから、このキャッチはイマイチなのよ。渚みたいに勘違いした人も受けに来るでしょう。多分、日ノ本一の高収益会社が正解だと思うな」
「あたしだって、そんなことくらい分かるわよ柏傲灣呎價。 ちょっと冗談を言ってみただけ、そう真面目に考えないでくれる」
 トラフグのように頬を膨らませた渚は、美奈子の顔を睨んだ。
 美奈子は溶鉱炉のように顔を燃やした。ぷいっと横にそっぽを向き、大きな声で怒鳴った。
「渚が相談してきたから、真剣に考えたんでしょう!」
「むきにならないの。そんなんじゃ、どこの会社も雇ってくれないよ」
 渚は少し冷めた表情で美奈子の顔を覗き込んだ。
 美奈子は渚を見つめながら胸をつんと出した。
「私は辞めない。ここで頑張るの。絶対に再建してみせる!」
「それこそ、どう考えても無理でしょう。大将はあの通りやる気ゼロ。兵隊もいなくなった。これで何をやれって言うの。死に体という言葉が日本一ふさわしい会社だと思わない」
 諭すような笑いを浮かべた渚は、上から美奈子の瞳を覗いた。
 美奈子は両腕で小さな胸を抱えながら天井を見上げた。